地域金融機関の淘汰の原理と退出の作法

地域金融機関の淘汰の原理と退出の作法

森本紀行
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金融庁が昨年の11月10日に公表した2017事務年度金融行政方針においては、地域金融機関に関して、「地域の企業・経済に貢献していない金融機関の退出は市場メカニズムの発揮と考えられる」との極めて厳しい見解が表明されています。ついに、金融行政は、市場メカニズムの発揮により淘汰される地域金融機関について、円滑な退出を促す方向に舵を切ったのか。
 
 金融庁は、既に久しく、地方銀行や信用金庫等の地域金融機関について、その事業の持続可能性に関する強い懸念を表明してきており、「持続可能なビジネスモデルの構築に向けた組織的・継続的な取組みが必要である旨発信」してきています。故に、新しい金融行政方針において、あからさまに地域金融機関の退出に言及したとしても、少しも驚くべきことではありません。
 むしろ真に驚くべきことは、金融庁の指摘、というよりも適切な助言にもかかわらず、多くの地域金融機関において、真剣なビジネスモデル転換の努力がなされることもなく、「2017年3月期決算では、顧客向けサービス業務(貸出・手数料ビジネス)から得られる利益は、過半数の地域銀行でマイナスとなっており、今後も低金利環境の継続を前提とすると、当該利益がマイナスになる金融機関が年々増加することが予測される」という事態を招いてしまったことです。
 
地域金融機関側には、総じて、金融庁が民間企業のビジネスモデルに言及することは規制当局の権限を越えた過剰介入だとする反発があって、それも自主的な改革を遅らせてきた原因ではないでしょうか。
 
 その通りです。だからこそ、今回は、極めて言語明瞭に地域金融機関の退出のあり方に言及し、「退出によって、金融システムへの信認が損なわれたり、顧客企業や預金者等に悪影響が及ぶことは避けなければならない」という側面から、規制当局の立場の正当性を明らかにしたのでしょう。金融システムの安定を図ることと顧客の利益を保護することこそ、金融庁の使命にほかならないからです。
 
しかし、金融庁は転換すべきビジネスモデルの方向性を具体的に提示しているので、過剰介入の面も否定できないのではないでしょうか。
 
 そうした主張は、ビジネスモデルの転換を怠ってきた多くの地域金融機関に共通にみられるものですが、自己の無能無為無策を棚にあげて金融庁を批判するだけのことです。それが真の金融庁批判として傾聴に値するものになるためには、金融庁が提示した方向と異なるビジネスモデルの転換を断行し、成功し、その成果をもって金融庁の誤りを証明できなければなりません。しかし、そのような立派な地域金融機関は未だに出現していないはずです。
 むしろ、金融庁が提示している方向性は、諸般の客観的条件に照らしたときに、極めて狭い選択肢しかないなかで、合理的に、更にいえば必然的に導かれるものなのであって、しかも、先進的な少数の地域金融機関の取組みによって、成果を生みつつあることが確認されているものなのです。
 以上のことを前提として、金融庁は、「もとより、ビジネスモデルに単一のベスト・プラクティスがあるわけではないが、地域企業の価値向上や、円滑な新陳代謝を含む企業間の適切な競争環境の構築等に向け、地域金融機関が付加価値の高いサービスを提供することにより、安定した顧客基盤と収益を確保するという取組み(「共通価値の創造」)は、より一層重要性を増している」と述べているわけです。
 くどいようですが、金融庁は、明確に、「ビジネスモデルに単一のベスト・プラクティスがあるわけではない」といっているのであって、金融庁の示す方向と異なるベスト・プラクティスを認めているわけですから、金融庁に異論のある地域金融機関は、自己固有のベスト・プラクティスを自由に推進し、その成果をもって正々堂々と金融庁批判をすればいいのです。
 それに対して、金融庁は、地域金融機関のビジネスモデルの中核理念として、地域企業および地域住民との間の「共通価値の創造」を掲げたらどうかと助言しているのですが、地域金融機関の経営者として、このことに正面から反論できるものがあるでしょうか。また、地域企業の経営者として、地域住民として、金融庁の主張を支持しないものがあるでしょうか。
 
それは、ビジネスモデルですらなく、地域金融機関の存在意義そのものですね。
 
 地域金融機関にとって、拠点としている地域は、企業としての存在基盤であり、その地域の経済振興への貢献は、企業としての存在意義であり、存在目的です。
 その地域を放棄し、地域金融機関を脱皮して、新たな存在基盤を構築することは、ベスト・プラクティス追求の一つのあり方として、金融庁の排除するところではありません。しかし、地域金融機関としてとどまろうとする限り、「地域の企業・経済に貢献していない金融機関の退出は市場メカニズムの発揮と考えられる」わけですから、淘汰されたくないのなら存在意義と存在目的に回帰しなければならないことは、金融庁の提言を待つまでもなく、理の必然というべきです。
 
経営者の覚悟と決断が不可欠ですね。
 
 地域金融機関のなかには、未だ少数ながら、経営者の覚悟と決断のもとで、顧客との共通価値の創造へ向けて大胆な改革を断行しているところがあり、そこでは着実に成果を生みつつあります。金融庁は、その事実を掌握しているからこそ、自信を深めているのです。
 同時に、他方では、「不確かな経営環境の改善を期待し将来起こりうる課題を認識できていない、若しくは、課題を認識できていながらも具体的な取組みを見出せていない経営者が少なからず存在する」という現実もあります。
 新しい金融行政方針の特色は、これまでの少数の優れた先行事例の紹介と普及という方向に加えて、全く改革への取組みができていない多数について、「課題解決に向けた早急な対応を促す」という極めて厳しい方向性を強調していることです。
 
「早急な対応を促す」となれば、それは完全に監督官庁としての権限の行使ということですから、前提として、放置すれば、金融システムの不安定要因になり得る、また、顧客の利益が損なわれ得るといった潜在的危険の認識があるということですね。
 
 顧客との共通価値の創造ということは、地域の顧客を支援して強くすることで金融機関自身としても強くなることですが、それができていなければ、地域の顧客が弱くなり自分も弱くなりますから、「足下ではバランスシートの健全性に問題がなくとも、将来的に顧客基盤や収益基盤が損なわれることで問題が生じ」ることは不可避です。
 また、こういう問題のある地域金融機関は、多くの場合、「有価証券運用による収益への依存を一段と高めており、その結果、金利リスク量が増加している」のが普通ですが、それにもかかわらず、「リスクテイクに見合った運用態勢やリスク管理態勢が不十分」であるのも普通で、その結果、「市場環境が急変し損失が顕現化すれば、将来的に財務の健全性を更に悪化させるおそれ」が極めて大きいのです。
 故に、「バランスシートの健全性に大きな問題が生じていない今のうちに」、対策を促すことが急務だというわけです。
 
対応を促すといっても、金融庁として、具体的に何ができるのでしょうか。
 
 よくわかりませんが、問題のある地域金融機関の問題とは、具体的には、経営者の質と能力のことでしょうから、まずは、経営者の交代を促すのではないでしょうか。金融行政方針に、「ガバナンスの質の向上(優秀な経営者を選ぶ枠組みの策定、相談役・顧問等による不適切な影響力の排除等)を図っていくことも重要」とあるのは、そういう意味かと思われます。
 では、更に具体的に、「ガバナンスの質の向上」のために金融庁に何ができるかといえば、例えば、「経営陣はもとより、社外取締役をはじめとする、様々なステークホルダーによるガバナンスが機動的かつ効果的に発揮されているかといった観点から、個別金融機関の実態を調査し、それを基に深度ある対話を行う」ということのようです。
 
証券運用のリスクについては、どうでしょうか。
 
 やはり、そこも経営者の質と能力の問題なのであって、「経営トップの主体的な関与によるリスクガバナンスを含めた運用態勢の強化、含み損も意識したリスクのモニタリングとコントロール、市場急変時を想定した対応策の事前検討等について、金融機関と改善に向けた対話を行う」ことになるようです。ただし、「経営トップの主体的な関与によるリスクガバナンス」というのは余りにも抽象的であり、具体的に何が対話の主題になるのかは、現段階では不明です。
 
人材の不足という現実的な問題もありますね。
 
 地域金融機関における人材の不足もさることながら、他方で、金融庁の側の人材にも問題があります。特に、地域金融機関の場合、窓口が財務局になることが多いので、より深刻です。そこで、金融行政方針では、金融庁だけではなくて、「財務局を含め、各分野で外部人材の積極的活用も含めた専門性の高い人材の育成・確保を行っていく」としたうえで、「金融庁と財務局が一体となった運営体制の整備に取り組む」としているのです。
 
金融庁として、明確に地域金融機関の退出に言及したということは、いかに改革を促しても、全ての地域金融機関が存続できるわけではないと考えているのでしょうか。
 
 やはり、今回の金融行政方針の最大の特色は、明確に退出についての検討課題を掲げたことです。例えば、「地域によっては金融サービスを提供する地元の金融機関がなくなる可能性」、「同一地域内の経営統合については、金融サービスの供給者数の減少による現時点における寡占・独占のリスクが指摘されている」こと、「金融機関の健全性に関する早期是正のメカニズム、金融機能の維持や退出に関する現行の制度・監督対応に改善の余地がないかについても検討する必要」というような政策課題です。
 退出についての具体的検討に着手するということは、誰がどう考えても、金融庁として、一定数の地域金融機関の退出を前提にしていることは明らかです。しかし、金融庁が積極的に退出を促すのか、退出を促すとして退出が適当と認定される基準は何か、どれくらいの数の地域金融機関の退出を想定しているのか、どのような方法や形態を通じて退出という整理がなされるのか、などという具体的なことは、現段階では一切明らかにされていません。
 
地域金融機関の経営者の不安は大きいでしょうね。
 
 不安を感じているだけで具体的な行動にでられない経営者は、直ちに退出、即ち辞任すべきです。それこそ、金融庁が厳しい表現を意図的に用いることで、心から期待していることだと思われます。
 退出する意思のない経営者は、金融機関としての退出を回避すべく、抜本的な経営改革に直ちに着手しなくてはなりません。全ての地域金融機関が真剣な改革に取り組むことで、退出する金融機関の数が一つでも減ること、そして、相互の切磋琢磨のもとで金融機能が高度化して顧客利便性が増すこと、これも金融庁が心から望んでいることでしょう。
 
以上

 
 次回更新は、1月25日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2017/03/30掲載「地域経済を連結すると信用金庫になる
2016/10/13掲載「金融における葡萄畑の宝探し
2015/12/10掲載「雨が降ったら傘を差し出す金融へ
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。