口先だけの顧客本位で淘汰される金融機関とは

口先だけの顧客本位で淘汰される金融機関とは

森本紀行
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金融庁の森信親長官は、最近、ある講演で、「顧客本位を口で言うだけで具体的な行動につなげられない金融機関が淘汰されていく市場メカニズムが有効に働くような環境を作っていくことが、我々の責務」と述べて、金融界を震撼させました。さて、森長官がいう口先だけの顧客本位とは、具体的に、どういう事態を指すのか。
 
 顧客本位という言葉は、広く解せば、金融に限らず全ての商業において普遍的に妥当する理念ですが、金融庁の施策を表現するものとしては、理念の普遍性を維持しながらも、金融に限定されて、そのなかでも、とりあえずは資産運用関連業務に限定されて理解されるべきです。より具体的にいえば、金融庁が3月30日に公表した「顧客本位の業務運営に関する原則」に定義されたものを意味するわけです。
 さて、この原則はソフトローですから、それを採択して自己を律する規範とすることは、あるいは採択しないことさえも、金融機関の自治に任されています。しかし、ひとたび規範化されれば、それは、法令等のソフトではないハードなローと同様に、金融機関の行動を厳格に規制するものとなります。自己規制も規制であることに変わりはないのです。
 自己規制も規制でなくてはならないのは、いうまでもなく、金融行政の課題は、金融機関に対する何らかの強制力なくしては、実現し得ないからです。その強制力の発動について、かつての金融庁は、ルール、即ち明文の規制等の形をとった外部規範を策定していたのですが、今の金融庁は、金融機関のプリンシプル、即ち主体的な行動原則に委ねて、各社の内部規範として自己を規制せしめているわけです。
 
金融庁が直接に規制しないといっても、金融機関に対して自己規制を策定することを要請すれば、金融庁が間接的に規制するのと同じではないでしょうか。
 
 全く違います。例えば、「顧客本位の業務運営に関する原則」は、資産運用関連業務の全てを対象としたものではなく、国民の安定的な資産形成という施策を実現する手段として策定されていますから、自己の営む業務が資産運用に形式的には属するものだとしても、施策の主旨に本質的に関連のないものだと考えるのならば、理由を説明して採択しなければいいのです。
 実際、自称トレーダーのような人がいて株式や為替で熱心に投機を行っているようですが、そのような顧客に対するサービスを提供するものは、形式的には資産運用関連業務を営んでいることになるにしても、原則の主旨と全く関係がないことですから、敢えて採択する必要もないですし、金融庁も採択することを期待していないでしょう。
 逆に、資産運用関連業務を超えて、顧客本位を一般的意義においてとらえて、自己の営む金融サービスの全体へ拡大適用することも、金融機関の自由です。現に、金融庁による原則の公表を機に、生命保険会社のなかには、保険事業について原則の主旨を適用して、経営行動原則を策定公表するという自主的な動きがみられます。その内容の質はともかくも、その姿勢だけは評価できます。
 こうして、金融機関のプリンシプルへ委ねることは、各社の経営哲学、事業特性、顧客基盤等の個性を尊重することとなり、ともすれば画一的な対応になりがちだった金融行政のあり方を大きく改善することになります。また、各社の創意工夫を通じた切磋琢磨を促すことによって、競争原理による金融機能の高度化も期待できるのです。
 
金融庁のいう「見える化」ですか。
 
 金融庁が原則を公表してから約三か月ですが、この間、金融機関の対応は、時期も内容も非常に異なっています。こうした対応の違いは、顧客の目の前に、各金融機関が考えている顧客本位の差を明瞭に示している、即ち「見える化」しているわけです。
 なかでも特に重要なのは、規範としての実効性です。真の顧客本位の実践を目指す金融機関は、厳格な規範として機能させる前提ですから、当然のごとく、「します」、「しません」といういい切りの文体で行動原則を記述しています。それに対して、「努めます」、「心がけます」というような努力目標としての記述しかできない金融機関も少なくありません。
 「努めます」という努力目標では、努力さえすれば、あるいは努力したふりさえすれば、実行できなくても虚偽にはなりませんから、規範として機能するはずもないのです。ところが、「します」と断言しておくと、できなければ虚偽になりますから、嘘をついてはいけないという人類の普遍的な規範意識のもとで、履行強制力が働くのです。
 
努力目標というのは、金融庁の森信親長官がいう「顧客本位を口で言うだけ」と同じことなのですね。
 
 森長官は、4月7日に行われた講演で、「顧客本位を口で言うだけで具体的な行動につなげられない金融機関が淘汰されていく市場メカニズムが有効に働くような環境を作っていくことが、我々の責務」と述べたのですが、まさに、この「市場メカニズムが有効に働くような環境」こそが「見える化」の意味です。
 実効性のない努力目標を掲げるだけの金融機関は、「見える化」により、顧客本位を真剣に貫く気のないものとして、顧客の前に、その看板の偽りを露呈することになるのです。そして、そのような醜い姿を曝けだすものは、顧客からの信頼を失い、自然と淘汰されていくはずだというのが金融庁の考え方です。あるいは、より積極的に淘汰を促すように、「見える化」を徹底していくというのが金融行政の方向なのです。
 
しかし、「します」という断言も、現在はできていないことを前提として、未来へ向かって宣言されることでしょうから、いった瞬間に嘘になるのではないでしょうか。
 
 実は、そこが極めて重要な論点なのです。当然、金融庁のいう顧客本位とは、顧客本位とはいえない事象が現実に存在することを前提にして、その自主自律的な是正を金融機関に求めることを意味しているわけですから、「顧客本位に徹します」といった瞬間に、現状との関係では、程度の差こそあれ、どの金融機関も嘘をついていることになります。
 従来の金融庁の考え方からいけば、「顧客本位に徹します」といえるためには、「顧客本位に徹していない」現状を是正する措置を行い、その是正結果を自己点検により確認したうえで、「現に顧客本位に徹している」状態にしておくことが前提になるはずです。しかし、そのようなことでは、改革の進行過程が外部に対して「見える化」しませんから、改革を加速させるための外部からの強制力が働きません。
 ですから、現在の金融庁の行政手法では、むしろ、現状にかかわらず、先に「顧客本位に徹します」と外部に向かって宣言してしまうほうがいいと考えられているのです。なぜなら、現実と目指すべき理想の差が内部的にも外部的にも「見える化」することで、経営においても現場においても、差を明瞭に自覚することにつながり、結果的に、内部改革の推進力として機能するような履行強制力が生じるからです。
 
大きな組織では、そういう手法をとらない限り、実効性のある改革を短期に断行することなど不可能ですよね。
 
 実は、3月30日に金融庁が原則を公表したとき、同じ日のうちに対応を明らかにしたのは、みずほフィナンシャルグループと弊社だけです。弊社の場合、そもそもの創業の原点において顧客本位に業務と組織が組み立てられていて、最初から金融庁の原則に準拠しているわけですから、何も新たにすべきことなどなく、直ちに対応できるのです。しかし、みずほの場合は、そう簡単にはいかないでしょう。
 そう簡単にいかないはずのところを、即座に対応したことについては、早すぎておかしいとの印象もないわけではありませんが、おそらくは、先行的に外部に向かって公表することで、内部的な改革を加速させることが目的なのだと思われます。事実としては、顧客においても、みずほの内部でも、多くの人が今の実態との乖離を感じているのかもしれませんが、それは、否定的な批判ではなくて、肯定的な励ましととらえられるべきものです。
 弊社の場合は、現実の追認として、簡単にできることをやったにすぎませんが、みずほの場合は、否定を含む現実の改革として、困難な課題に前向きに取り組んでいるのですから、はるかに社会的価値の大きなことをしているのです。これは、お世辞ではなく、衷心からする敬意の表明です。
 
ところで、改革は、程度の差こそあれ、現状の否定という側面をもつはずですが、努力目標として公表するところは、現状の否定に抵抗があるのではないでしょうか。
 
 金融庁が強権をもって現状否定するならば、金融機関として、多少の不満があるにしても、現状の否定のうえに改革を推進することに抵抗はないでしょう。しかし、全ての改革の主導権を委ねられた金融機関として、改革の前提となる現状否定を自主自律的に断行することは、極めて困難なことに違いありません。
 例えば、野村證券は、業界に先駆けて金融庁に呼応し、4月14日に「お客様本位の業務運営を実現するための方針」を策定公表しているのですが、そこには、「当社のビジネスモデルの変革を支える「すべてはお客様のために」という基本観は、90年を超える野村グループの歴史の中で脈々と受け継がれている「創業の精神」十カ条のうちの一つである「顧客第一の精神」を表したものであり、企業文化として大変重要なことと位置付けております」とあり、変革を志向するようでいて、実は、過去からの連続を強調しているのです。
 変革の真の課題は、「顧客第一の精神」が実態を伴っていないこと、あるいは少なくとも金融庁のいう顧客本位とはほど遠いものであることの認識のうえに、それを断固として否定し、全く新たに真の顧客本位を確立することでなくてはなりません。未来へ向かって変革を志向するとき、干からびた過去は否定されるべきです。野村證券の方針は極めて優れた内容をもつだけに、少し残念に思います。
 
これまでも金融庁がいう顧客本位を実践してきたという金融機関こそ、森長官がいう淘汰の対象になりやすいのですね。
 
 今の金融庁が顧客本位をいう背景には、かつての金融庁ならば強権をもって否定したであろう現状の問題があるのです。それに対して、既に顧客本位を実践しているというのならば、無反省であるか、金融庁とは異なる顧客本位の定義をもっているのか、そのどちらかです。
 金融庁としては、全てを金融機関の自治に委ねた以上、どちらだっていいのです。ただ、「見える化」を通じて、無反省ならば、無反省である事実が、独自の顧客本位があるのなら、その独自性が国民の前に明らかになればいいのです。全てを賢明なる国民の審判に委ねる、そうすれば市場原理の自動浄化作用によって淘汰されるべきものは淘汰される、それで金融行政の目的は果たされるのです。
 
以上

 
 次回更新は、6月29日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2017/05/25掲載「野村證券に顧客本位は似合うのか
2017/03/09掲載「これが金融庁のいう顧客本位だ
2017/01/05掲載「金融再編を予感させる年明け

森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。