自由競争できる条件を東京電力に与えよ

自由競争できる条件を東京電力に与えよ

森本紀行
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いよいよ本格的な電気事業改革が始まりました。いうまでもなく、改革の要点は、発電と小売りの完全な自由化です。自由化の目的は、競争原理の導入でしょうが、さて、現在の東京電力は、そのような自由な競争に耐え得るのでしょうか。
 
 改正電気事業法の成立により、現在の垂直統合型の電気事業は、発電、送配電、小売りの三つの事業に分解されます。そして、規制部門として残るのは送配電部門だけになり、発電と小売りは、最終的には、完全に自由化されます。そこで、今後は、電気事業連合会加盟10社では、持株会社のもとに企業分割するなど、新しい法律の枠組みに準拠した組織再編が行われていくのでしょう。
 なかでも、東京電力については、年内にも予定される特別事業計画(政府の原子力損害賠償支援機構を通じた東京電力に対する支援の大綱を定めるもの)の見直しのなかで、持株会社制への移行と、その傘下での事業部門の分社化を視野に入れた検討が行われているようです。東京電力は、事実上の国有企業ですから、電気事業改革のための実験場としては、使い勝手がいいのかもしれません。
 ただし、持株会社方式へ移行しても、実質的な変更を加えないならば、単なる形式の問題だけであって、新しい東京電力を自由化環境に耐え得るものに直すことにはなりません。当然のこととして、東京電力の将来について、形式以上の実質的な変更がなされなければならないのです。
 具体的にいえば、新しい自由化環境に耐え得る新生東京電力を作るしかない。その新生東京電力が現在の東京電力の電気事業を継承する一方で、福島第一原子力発電所に関しては、事故の完全収束、損害賠償、廃炉にかかわる業務を組織的に分離するほかないと思われるのです。
 

つまり、東京電力の現在を、過去と将来に二分割するのですね。
 
 東京電力問題については、安倍政権ができて、民主党政権時代の不適切な対応の是正が進んでいます。政府の方向転換は、要は、政府が前面に出るという表現に尽きます。このことが具体的に意味するのは、政府責任の明確化であり、その反射効果としての東京電力の責任範囲の限定化です。
 事故の完全収束、損害賠償、廃炉については、それに要する費用を見積れないところに最大の問題点があります。この無限の責任を画するのは、実は、政策決定です。故に、政府が最初に前面に出て責任を負担し、社会的にみて公正公平な負担を東京電力に求償するような仕組みでないと、うまくいきません。それを承知で、東京電力に全面的に責任を押し付けた民主党政権の無責任な方法は、当然のこととして、明らかに破綻しているのです。そこを、安倍政権は、是正しようとしている。非常に、いいことです。
 安倍政権の方針を徹底していけば、最終的には、福島第一原子力発電所にかかわる事故の完全収束、損害賠償、廃炉の事実上の国営事業化は、自然な帰結だと思われます。そうすることで、結果的に、東京電力は、過去を切り離し、将来の自由化された電気事業を担う新生東京電力に改組されるのだと思われます。
 

そのような再編過程のなかで、東京電力にかかわる利害関係者の利害の調整も必要になるわけですね。
 
 利害関係者といいましても、具体的に調整可能なものは、銀行等の債権者と株主の利害だけです。当然のこととして、事故処理にかかわる責任を分離することは、債権者と株主の利益になるわけですから、そこに応分の負担を求めることになるのでしょう。
 

しかし、事故処理から分離されて生まれる新生東京電力というのも、なんとなく、国民大衆的視点にたつと、非常にけしからぬもののように聞こえますが。
 
 そうですね、違和感がないとはいえないですね。微妙な感覚、あるいは感情の問題ですけれども。
 しかし、ここは、よく考えないといけません。新生東京電力というのは、東京電力が負担しなければならない事故処理費、即ち、政府が立て替えて後に東京電力に求償する巨額な負担を完済するまでは、利益の出ない会社、つまり、企業としての投資価値のないものです。
 新生東京電力を作り出すというのは、東京電力のために行うのではなく、東京電力に事故処理費を負担させるために行うにすぎない。新生東京電力として、前向きに事業活動に取り組める環境を作らない限り、東京電力は、巨額な債務負担を弁済できず、弁済できなければ、その分、国民負担が増えてしまうのです。
 

しかし、自由化によって、東京電力の収益基盤は不安定になると思うのですが、弁済原資を十分に確保できない事態も想定されるのではないでしょうか。
 
 その論点が、実は、極めて重要なこととして、急浮上してきたのだと思われます。
 「原子力損害の賠償に関する法律」は、政府の支援によって、東京電力を存続させ、電気事業を継続させることによって、賠償原資となる収益を確保する仕組みを想定しているのですが、法律が前提としている電気事業は、高度に規制された電気事業であって、確実に収益があがる仕組みなのです。
 ところが、電気事業法の改正がなされてしまった。電気事業の自由化など、「原子力損害の賠償に関する法律」の想定外のことです。そうはいっても、事実として、自由化はなされました。そうなりますと、東京電力に対する政府支援の枠組みも抜本的に変えないといけない。これが、山場を迎えつつある特別事業計画の見直しの背景にある重要なことがらです。
 政府としては、東京電力の経営努力によって、政府が支援した資金を回収できるだけの収益をあげてもらわなければ困るのですから、新生東京電力を自由競争に耐え得るような企業に改組する必要があるのです。それは、必須のことなのです。
 

自由化後も収益を確保できる会社、それが政府の期待だとしたら、政府としても、東京電力の経営の革新を強く求めざるを得ませんね。
 
 もともと、政府は、東京電力に対して、福島第一原子力発電所の事故に関する事故収束、損害賠償、廃炉という最重要課題への対応だけでなく、電気事業自由化に対応できる経営の革新も、重要な経営課題として、強く求めてきた経緯があります。事故対策に直接関係のない自由化対応まで経営課題とされてきたのは、政府の立場からみたとき、支援資金の回収原資の確保という意味があったからでしょう。
 もっとも、穿った見方をすれば、政府のやり方というのは、電気事業改革先にありきで、東京電力を恰好の実験場として活用しているとも思えます。おそらくは、そうした側面も否定できないのではないでしょうか。もしも、今回の事故がなければ、東京電力を頂点とした強力な電気事業連合会体制のもとで、電気事業改革は、これほど順調には進まなかったかもしれないのですから。
 実際、私は、東京電力の事実上の国有化がなされたとき、国有化の真の目的は電気事業改革なのではないか、だとすると、「原子力損害の賠償に関する法律」の適用としては、あまりにも大きな逸脱ではないのかという政府批判を展開しました。いまでも、そう思います。
 いずれにしても、自由化後の電気事業において、東京電力が確かな実績をあげない限り、政府負担が増えてしまうのですから、政府にとっても、新生東京電力の成功は、極めて大きな関心事たらざるを得ません。故に、新経営陣に対して、最高度の企業統治と、優れた事業戦略の立案遂行を強く要求していくことになります。それに真摯に対応すること、これこそが新生東京電力の社会的責任です。
 そこで、新生東京電力に経営革新を求める前提として、政府としては、東京電力の経営の自由度も確保しなくてはいけないのですから、自由競争できる条件を新生東京電力に整えること、これが先決問題となるのです。
 

自由競争のための条件を整えても、競争に勝てるかどうかは、東京電力の経営能力に依存するわけですが、本当に、そのようなことでいいのでしょうか。
 
 心配ならば、別の仕組みを考えるほかない。例えば、規制部門として残り続ける送配電部門の収益を、優先的に政府支援の弁済に充当することも考えられます。しかし、送配電部門は、東京電力だけのものではなく、日本全体の公共財的側面をもつものですから、はたして、そのようなことが可能なのか、可能としても、適当なことなのか、十分に検討する必要があります。
 また、事実上の国有企業としての企業統治のあり方を、どう考えるべきか。国有企業の自由競争というのも、さて、いかがなものか。
 
以上


 次回更新は12月19日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2013/12/05掲載「東京電力の責任に上限を画せ
2013/11/28掲載「東京電力の責任に上限を画せ
2013/11/21掲載「政府が前、東京電力は後ろという構図
2013/11/14掲載「東京電力の法的整理論が再燃するわけ
2013/10/17掲載「東京電力福島第一原子力発電所の国有化
2013/03/14掲載「ここがおかしい原子力安全規制
2013/01/10掲載「東京電力にこだわり続ける、日本の明るい未来のために
2012/12/27掲載「脱原子力は原子力以上にバンカブルではない
2012/12/20掲載「原子力発電はバンカブルではない
2012/11/29掲載「東京電力なしで電気事業政策は成り立つのか
2012/11/15掲載「東京電力の「再生への経営方針」にみる政府の欺瞞

≪ アーカイブから今週のお奨めは「企業統治」  ≫
2013/10/03掲載「JR北海道の経営の深層
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。