「ナンピン」を考察する

森本紀行
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日本証券業協会の証券教育広報センターのウェブサイトには「相場格言集」というのがあって、面白いです。

前回のコラムで取り上げた「損切り」は、「見切り千両」という格言になっています。また、この同じサイトには、「ナンピン」の解説もあります。そこには、「ナンピンを漢字で書くと『難平』。災難、つまり株価の変動による損失を平均化することを指します。」と書かれています。難平というのは、江戸時代の米相場の用語なのかもしれません。そもそも、「相場格言集」は米相場からの伝承が多いようで、出典となった江戸時代の秘伝書も掲載されていて、興味深いです。
 さて、ナンピンですが、株式に限らず、どんな投資対象についても、プロの投資家から個人投資家にいたるまで、普通に行われていることです。要は、投資したものの価格が下落した場合、低い値段で買い増せば、平均取得コストが下がるので、価格反転のときに、利益化するのが早くなるというものです。もっとものようですが、理屈上は、少しおかしい場合もあるのです。
 ナンピンの理屈が通るのは、米相場みたいに、投資対象を特定して同じものを反復継続的に売り買いするような場合だけだと思います。通常の投資のように、多数の投資可能な対象の存在を前提にして、具体的投資対象の選択が問題である場合には、何も、同一銘柄のナンピンをする必要はないからです。
 200円でA社株を1000株買った後に、同社の株価が100円に下落したとして、更に同じA社株を1000株追加投資するのがナンピンです。ナンピン後のA社株式の取得平均単価は150円ですから、株価が150円まで戻れば、損失を回復します。200円まで回復しなくても損失を回復できるのが、ナンピンの効果です。しかしながら、A社株を最初に取得した時点と、買い増しをする時点とでは、市場全体の相対株価は変化しているはずです。100円でA社株を買うのは、A社株が150円以上になること、つまり50%以上上昇することを期待してのことです。多数の銘柄の中から、50%以上の価格上昇率を期待できる銘柄は、A社株だけなのでしょうか。
 確かに、最初にA社株を200円で買ったときには、A社株が一番魅力的だと判断したのでしょう。しかし、一定期間の市場全体の変動を経て、A社株が100円になったときには、他の全銘柄の価格も動いているのですから、その全体の中で魅力度を評価しなければならないはずです。それでも、A社株が一番魅力的なのだったら、ナンピンすればいいのです。しかし、そうでないならば、別の魅力度の高い株を買うべきでしょう。もっといえば、A社株の相対魅力度が低下しているならば、売って別の銘柄に入れ替えるべきです。もちろん、このようなことは、多数の銘柄を常時調査しているプロの投資家にしかできません。ナンピンというのは、自分の好きな銘柄を一銘柄、もしくは少数に絞り込んでいる投資家に固有の行為ということにならざるを得ません。米相場などは、典型的な例ですね。しかし、普通のプロの運用は、多数の投資対象の存在を前提にするものなので、プロの世界では、ナンピンは考えにくいわけです。

ところがです。プロの世界でもナンピンは行われます。

会計上の理由です。企業年金のように、時価主義が適用されるところでは、会計上の判断が運用に影響を及ぼすことはありません。しかし、金融機関をはじめ、多くの投資家においては、会計上の制約は大きな問題です。
 上の例を会計上の視点で考え直して見ましょう。200円で買ったA社株を100円で売って、別の銘柄に乗り換えると、売却損が実現してしまいます。また、会計年度末にも100円のままだと、50%の下落率になって、減損の対象になるかもしれません。一方で、ナンピンをしておくと、150円まで回復すれば、売却損をだすことなく別の銘柄に乗り換えることができます。また、会計年度末の評価に際しても、平均コストが下がっているので、減損を回避できる可能性があるのです。
 減損の回避は、考えさせられる問題を含んでいます。減損するかどうかは、個別銘柄ごとに、しかも、評価損の実金額ではなくて評価損率に基づいて判断されます。ですから、200円で買ったものが、会計年度末に100円であれば、損失率50%で、減損の対象になるとしても、ナンピンをして平均コストを、例えば、120円に下げておくと、100円で評価しても損失率が小さくなっているので、減損しなくてもよいということになるのです。

減損回避を目的としたナンピンには、三つの問題があります。

第一に、率としての損失が小さくなっても、実金額としての損失は小さくなるとは限らず、逆に大きくなる場合すらありうること。第二に、特定銘柄の保有額が大きくなり、リスクの集中がおきること。第三に、明らかに銘柄選択の本来あるべき合理性が損なわれてしまうこと。特に、第三の点が重要です。もしも、(あくまでも、もしも、ですが、)本来は売却損をだしてでも売却すべきものを、売却損回避のために売らずに、さらには、減損回避を目的にしたナンピンにより買い増すとすれば、これは、もはや運用ではない、というべきです。危険な会計操作といわれても仕方がありません。
 ある保有銘柄の価格が下落したところで、同一銘柄を買い増すことは、普通のことです。ただし、それは、その銘柄に、多数の他の銘柄と比較した上での、相対的投資価値があることを条件にしています。そうでないならば、別な銘柄を買うべきですし、場合によっては、その銘柄を売却すべきかもしれません。特別な投資価値を見出せない銘柄に対して、会計的損益を考慮したナンピンを行うことは、本来の投資の合理性・効率性の視点からは、認め難いものがあります。一方で、会計上の損益を度外視した運用が、社会的に成り立ち得ないことも当然です。さて、ここに、折り合いはつくのか。
 これは、難しい問題です。一つの答えは、企業年金のように、時価主義を導入することです。私は、企業年金の資産運用にかかわって20年、時価主義の導入が資産運用を合理化していく過程を見てきました。しかし、一方で、時価主義が生んだ全く別の問題にも疑問を感じています。今では、簿価主義の持つ積極的意味の見直しということすら、主張しているくらいです。
 間違いなくいえることは、一つだけです。会計上の損益は、運用の制約であって、運用の目的ではないということです。会計上の制約の中で、資産運用の目的を貫くことと、いつの間にか、資産運用という名の下で、会計上の損益管理が目的化することとは、全く異なることです。しかし、両者は、見かけ上は、ほとんど同じでしょうね。そこが、悩ましいのです。

 次回更新は6/18(木)となります!
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。