オバマ大統領就任演説とプロシクリカリティの問題(後編)

森本紀行
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今回の経済危機は金融危機に端を発したものです。

そして、その金融危機の原因として、1980年代に始まる資本市場の自由化と国際化、金融工学といわれる技術的な側面における高度化と複雑化、その過程で生じた歪み、不公正、貪欲、無責任などが大きな要素であることは、明らかです。
 また、倫理的な側面以外にも、世界的にほぼ統一されている金融機関の資本規制の仕組みが、資本市場における累積的かつ急激な価格崩壊をもたらす可能性を高めるという、いわゆるプロシクリカリティ(procyclicality)の問題も、金融の高度化の重要な帰結であり、今回の金融危機の重要な原因です。
 このプロシクリカリティは、悩ましい問題ですね。要は、金融商品価格の下落による評価損の発生が、それらを保有している金融機関の資本の控除項目になってしまうので、資本規制上保有できるリスク資産が減少して金融商品の売却が加速し、それが更なる価格下落につながり、というような累積的な連鎖です。悩ましいというのは、市場原理に立脚した金融秩序を維持する仕組みとして高度に整備された資本規制の枠組み自体は、合理的で優れたものといわざるを得ないからです。みんなが個別に正しく振舞うと、全体の帰結が必ずしも正しくなくなる、というのは悩ましいではないですか。
 今回の経済危機も似たような仕組みですね。需要が減少し、売上げが減少すると、それに応じて、企業のほうは人員削減等のコスト削減を急激に進めて、短期的に収支均衡を図ってきます。お金は天下の回りもの。コスト削減は、ぐるり巡って、需要の減少に跳ね返ってきます。個社の行為としては、売上げ減少に応じた対応を速やかに行うことが正しいのかもしれません。株主への責任を中心に構成されている企業統治の思想からいえば、正しく望ましい企業行動といえます。しかし、経済全体としては、需要の減少が更なる需要の減少を招くという、プロシクリカリティを現出してしまっています。
 しかも、ネットのキャッシュフローの受け取りが急速に減少する一方で、債務のサービス・コストは、急には変わらないでしょうから、カバレッジが悪くなります。そうなれば、銀行等は、融資条件を厳しくせざるを得なくなり、信用の収縮が起こります。それが、さらに経済活動の縮小へ向けた圧力として働いてしまいます。しかも、今回のように、金融商品価格の下落により、金融機関の与信能力が低下しているときには、信用の収縮は、より深刻にならざるを得ないでしょう。金融危機と経済危機が相互連動しながら、メルトダウン的に危機を深刻化させるという、二重のプロシクリカリティが、極めて重大な問題なわけです。

さて、この危機への対策ですが、政府の関与以外には、考えようがありません。

経営危機に陥った金融機関への巨額な資本注入、米国の自動車産業救済のような金融以外の産業への資金投入、需要の減少を埋めるための財政出動など、世界的に、ありとあらゆる政策が実施されようとしています。1980年以降の米国や英国の政策は、「小さな政府」と市場競争原理の徹底化の二つに集約されるのだと思います。しかし、市場競争原理の徹底化は、結果として、プロシクリカリティの暴力的な力を生み出してしまって、市場の自動調節作用では修復し得ない危機を現出させました。その危機を救済するのは、結局は、政府しかないというわけです。「小さな政府」を志向し、市場経済に占める政府の役割を小さくしようとしてきた結果が、最終的には、強力な政府の力の必要性に帰着したということです。
 実は、このような背景を意識した故だと思われますが、オバマ大統領は、就任演説の中で、政府の「大きさ」に触れています。いわく、「今問われなければならない問いは、政府が大きすぎるか、あるいは小さすぎるかということではない、そうではなくて、政府が機能しているかどうか(whether it works)だ。即ち、政府は、各家庭を支援して、まともな収入での仕事、手の届く保障制度(care they can afford)、尊厳ある退職後の生活を得られるようできるかどうかだ」というのです。
 一方で、オバマ大統領は、市場原理が有益かつ有効であることを、同じ演説の中で明言しています。この意味は、おそらく、市場は機能しているし、その機能は、これまで通り拡大させなければならないが、政府も同時に機能しなければならない、ということではないでしょうか。また、オバマ大統領は、市場を監視する必要性も述べています。市場の監視も、政府の機能だと思います。市場に替わって政府が機能するのではなくて、市場が正しく機能するように、政府は市場を監視し、適切な介入もしなければならない、という至極当然のことをいっているのでしょう。

(⇒後編はここから)市場原理は、最初から、循環性、即ちシクリカリティ(cyclicality)を内包しています。                

価格が下がれば、需要が増えて、価格は下げ止まる、そのような価格変動による需要の自動調節、同じことを逆にいえば、需要変動による価格の自動調節こそが、市場原理の本質でしょう。そこに政府の価格統制や、需要・供給調整は必要ではないし、むしろ、市場の効率性を阻害して有害な場合もある、というのが、これまで信じられてきた理論だと思います。循環しつつ成長することは、最初から予定したことです。
 しかし、重要なことは、シクリカリティが、著しく大きくなってプロシクリカリティになってしまうと、程度ではなくて本質が動いてしまうということです。シクリカリティは、自動調節作用を内包しています。つまり、逆の方向へ働く力を内包していて、下がったら上がるというように機能するのです。一方、プロシクリカリティは、同じ方向へ増幅していく力を内包していて、下がったら更に下がるというように機能します。プロシクリカリティが現れると、そこで市場原理が機能しなくなるのです。あるいは、市場原理に任せた自然回復を待つならば、一旦は、国民を悲惨な生活に陥れる可能性がある、ということです。そこで、プロシクリカリティを、逆方向へ転換するためには、政府が積極的に機能しなければならなくなるのです。
 繰り返しますが、プロシクリカリティは、実に悩ましいのです。整備された自由市場の中で、各企業、各金融機関が正しく経営され、正しく行動する結果として、その集積的効果が非常に大きな損失を生む、即ち少しも正しくない効果を生む、というのは、皮肉というか、解き得ない難問なのです。だから、政府の機能が必要なのです。しかし、その機能の拡大が、必ずしも「大きな政府」を意味するのではないことを、オバマ大統領は強調しています。もちろん、これは、「大きな政府」に対する強い抵抗感のあることを、政治家として配慮したのだとは思いますが、それだけではないでしょう。政府の機能とは、単にお金を使うことだけではないははずだからです。
 前回のコラムで述べましたように、オバマ大統領は、経済の成功を測る指標として、「繁栄がおよぶ範囲」(the reach of our prosperity)をあげています。政府の機能として、オバマ大統領が重視しているのは、まさにこの「繁栄がおよぶ範囲」を拡大することではないでしょうか。実際、先に引用しましたように、政府の機能の例としてオバマ大統領があげたのが、雇用、医療、老後保障であるのにも、平仄が合います。特に、雇用をあげたのには、政治的にも深い意味があるのでしょうが、現在、雇用の急激な調整が、不況の結果というよりも、不況の原因のように見える、まさに、そこにプロシクリカリティが働いているように見えるだけに、重要だと思われます。

そもそも、企業経営者の「正しい行動」とは何でしょうか。

もしも、単に理念的仮説としてだけの話とし、オバマ大統領に倣って、企業価値を測る指標として「繁栄がおよぶ範囲」を用いるならば、労働者と株主の関係は一体どうなって、経営の正しさは、どう評価されるのでしょうか。もしも、もしもですが、ある局面において、短期的な株主の利益に反してでも雇用の確保を図るとしたら、プロシクリカリティの緩和される可能性があるのではないでしょうか。もちろん、このようなことは、個社の経営のレベルでは、考え得ないことです。社会の問題として、企業統治の構造の問題として、あるいは、雇用関連法制の問題として、考えられるべきことです。まさにそのような政策立案が、政府の機能なのですから。でも、政府の機能によって、民間企業の行動規範を変え得るのだし、そうなれば、「株式」の価値だって、変わりうるのではないでしょうか。
 雇用とは、労働とは、要は、人です。人を、あるいは労働を、どこまで「市場化」できるかは、哲学的な問いです。個人的なことで恐縮ですが、自称哲学者の、少なくとも大学の哲学科卒業生の、私にとっては、重要な哲学的な問いです。いま、小林多喜二の『蟹工船』がベストセラーになる時代ですから、多少の「左翼」ぶりは、おシャレでありましょう。で、最後に調子に乗って、いわないでもいいことをいいますが、なんで、こんなに簡単に、賃下げや雇用の削減ができるのでしょうか。雇用の市場化に行き過ぎがなかったかどうか、それが、プロシクリカリティの大きな原因を作っていないかどうか。日本では、派遣の問題が深刻化しています。政府の機能として自由化した派遣ですが、環境激変の今、政府の機能として見直すのは、当然なのでしょうね。


次回更新は、3/12となります。よろしくお願い致します。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。