オバマ大統領就任演説とプロシクリカリティの問題(後編)

森本紀行
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オバマ大統領就任演説とプロシクリカリティの問題(前編)

市場原理は、最初から、循環性、即ちシクリカリティ(cyclicality)を内包しています。 

 価格が下がれば、需要が増えて、価格は下げ止まる、そのような価格変動による需要の自動調節、同じことを逆にいえば、需要変動による価格の自動調節こそが、市場原理の本質でしょう。そこに政府の価格統制や、需要・供給調整は必要ではないし、むしろ、市場の効率性を阻害して有害な場合もある、というのが、これまで信じられてきた理論だと思います。循環しつつ成長することは、最初から予定したことです。
 しかし、重要なことは、シクリカリティが、著しく大きくなってプロシクリカリティになってしまうと、程度ではなくて本質が動いてしまうということです。シクリカリティは、自動調節作用を内包しています。つまり、逆の方向へ働く力を内包していて、下がったら上がるというように機能するのです。一方、プロシクリカリティは、同じ方向へ増幅していく力を内包していて、下がったら更に下がるというように機能します。プロシクリカリティが現れると、そこで市場原理が機能しなくなるのです。あるいは、市場原理に任せた自然回復を待つならば、一旦は、国民を悲惨な生活に陥れる可能性がある、ということです。そこで、プロシクリカリティを、逆方向へ転換するためには、政府が積極的に機能しなければならなくなるのです。
 繰り返しますが、プロシクリカリティは、実に悩ましいのです。整備された自由市場の中で、各企業、各金融機関が正しく経営され、正しく行動する結果として、その集積的効果が非常に大きな損失を生む、即ち少しも正しくない効果を生む、というのは、皮肉というか、解き得ない難問なのです。だから、政府の機能が必要なのです。しかし、その機能の拡大が、必ずしも「大きな政府」を意味するのではないことを、オバマ大統領は強調しています。もちろん、これは、「大きな政府」に対する強い抵抗感のあることを、政治家として配慮したのだとは思いますが、それだけではないでしょう。政府の機能とは、単にお金を使うことだけではないははずだからです。
 前回のコラムで述べましたように、オバマ大統領は、経済の成功を測る指標として、「繁栄がおよぶ範囲」(the reach of our prosperity)をあげています。政府の機能として、オバマ大統領が重視しているのは、まさにこの「繁栄がおよぶ範囲」を拡大することではないでしょうか。実際、先に引用しましたように、政府の機能の例としてオバマ大統領があげたのが、雇用、医療、老後保障であるのにも、平仄が合います。特に、雇用をあげたのには、政治的にも深い意味があるのでしょうが、現在、雇用の急激な調整が、不況の結果というよりも、不況の原因のように見える、まさに、そこにプロシクリカリティが働いているように見えるだけに、重要だと思われます。
             
そもそも、企業経営者の「正しい行動」とは何でしょうか。

 もしも、単に理念的仮説としてだけの話とし、オバマ大統領に倣って、企業価値を測る指標として「繁栄がおよぶ範囲」を用いるならば、労働者と株主の関係は一体どうなって、経営の正しさは、どう評価されるのでしょうか。もしも、もしもですが、ある局面において、短期的な株主の利益に反してでも雇用の確保を図るとしたら、プロシクリカリティの緩和される可能性があるのではないでしょうか。もちろん、このようなことは、個社の経営のレベルでは、考え得ないことです。社会の問題として、企業統治の構造の問題として、あるいは、雇用関連法制の問題として、考えられるべきことです。まさにそのような政策立案が、政府の機能なのですから。でも、政府の機能によって、民間企業の行動規範を変え得るのだし、そうなれば、「株式」の価値だって、変わりうるのではないでしょうか。
 雇用とは、労働とは、要は、人です。人を、あるいは労働を、どこまで「市場化」できるかは、哲学的な問いです。個人的なことで恐縮ですが、自称哲学者の、少なくとも大学の哲学科卒業生の、私にとっては、重要な哲学的な問いです。いま、小林多喜二の『蟹工船』がベストセラーになる時代ですから、多少の「左翼」ぶりは、おシャレでありましょう。で、最後に調子に乗って、いわないでもいいことをいいますが、なんで、こんなに簡単に、賃下げや雇用の削減ができるのでしょうか。雇用の市場化に行き過ぎがなかったかどうか、それが、プロシクリカリティの大きな原因を作っていないかどうか。日本では、派遣の問題が深刻化しています。政府の機能として自由化した派遣ですが、環境激変の今、政府の機能として見直すのは、当然なのでしょうね。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。