20180607 ラーメン産業に投資する方法 ラーメン産業は日本の食文化に確固たる地位を築き上げていて、長い行列のできる店も珍しくなく、大いに繁栄しているようにみえます。しかし、その産業の発展を支えてきたのは苛烈極まりない競争環境であって、新規開業から1年足らずで閉鎖に追い込まれる店も数多あるわけです。さて、この事態を投資の視点でみるならば、個社の高い破綻確率を上手に制御し、産業としての収益性と成長性に如何にして参画するかという課題に整理されますが、さて、その答えは。 金融の脱構築
20180524 かくも高コストの預金を集めていたら銀行は潰れる 預金は銀行の資金調達手段ですが、金利は限りなくゼロに近いとしても、巨大装置と化した銀行という仕組みのなかで預金を集めることには多大な経費がかかっていますし、なによりも元本を保証することにかかわる費用は極めて大きいと考えられますから、実は、非常に高価な資金調達になっているのです。にもかかわらず、調達資金を運用できる機会は多くなく、その金利も低いとしたら、経営がなりたつはずはなく、さても、銀行の破綻はあり得るのか。 金融の脱構築
20180510 無用になった銀行が消えた後に残る必要なもの 銀行の果たしてきた社会的機能は銀行でなくとも供給できる、むしろ銀行でないほうが効率的に提供され得る、そういう可能性が急速に現実味を帯びてきて、銀行の存在意義が揺らぐなか、改めて銀行とは何か、銀行でなくてはならない必然性はどこにあるのかが問われなくてはなりません。問うて、その答えがみつからないなら、銀行は消滅するしかありませんが、さて、銀行は存続し得るのか。 金融の脱構築
20180308 ルールを上手に破る銀行が勝つ ルールを上手に破ることは、ルールを単に破ることではなく、上手に破ることであって、ルールを破るという表現よりも、新しいルールの提案といったほうがいいでしょう。新しいルールの提案とは、とりもなおさず革新であり、新文化の創造のことであって、革新こそ勝利の必須の要件であることは自明です。では、上手なルール破りとは、どの点においてルール無視やルール知らずと違うのか。 金融の脱構築
20180301 銀行はカネをやめてモノ、ヒト、チエ、コトを貸したらどうだ 銀行は、顧客である企業に対し経営に必須の重要資源を提供してきたからこそ、そして、それがカネであったからこそ、社会的存在意義をもっていたのです。カネに希少性が失われた今、カネ貸しとしての銀行の存在意義は著しく低下したわけですが、ならば、原点に戻り、銀行の機能を企業経営に必要な資源の供給に求め、カネに替わって希少性のあるモノ、ヒト、チエ、コトを貸せばいいのではないか。 金融の脱構築
20171102 金融なぞ所詮は虚業なのだから 融資を受ければ、利息の支払いという負の価値が生まれます。その負の価値が金融の実態です。融資を受けた企業は資金を事業に投下して正の価値を生み、その正の価値が金融の負の価値を上回るからこそ、金融は成立するにすぎません。実業の影にあるものとして、虚業といわれる所以です。さて、金融は、所詮は虚業ならば、極力目立たないように心掛け、必要最小限の役回りに徹するべきではないか。 金融の脱構築
20171005 金融機関が顧客に質問するのは愚行である 少しまとまった預金があるとして、銀行員から使途の有無を聞かれて、まともに答える人はいません。決まった使途がないといえば、どうせ、外貨預金だの、投資信託だの、保険だのと売りつけられるに決まっているからです。金融の営業では、顧客本位の名のもとに、顧客の意向の確認が重視されるのですが、下手に問うことは、問う動機を暴露して警戒させるだけです。では、上手に問うとは、どういうことか。 金融の脱構築
20170928 金融の営業では、お金を語るな、夢を語れ 融資は、お金の話ではなくて、資金使途である実業の話です。住宅ローンは、お金の話ではなくて、住むことの必要性を充足するための一つの選択肢の話です。ゼロ金利のときに、預金は、お金を貯めるものではなくて、決済手段であり、金庫替りです。生命保険は、お金ではなくて、生活保障です。損害保険は、お金ではなくて、失われたものの填補です。故に、金融の営業で、お金の話をするなかれ。 金融の脱構築
20170907 銀行に本当のことを話す顧客はいない 銀行から融資を受けている中小企業の社長は、個人として債務の保証人になっているので、万が一に備えて自分の財産を隠しておく誘因をもちます。その社長のところに同じ銀行の営業が個人財産の運用の提案に行っても、本当のことを聞き出せるとは到底思えません。ある程度の資産をもつ人は銀行を複数に分けていることが多く、その顧客の預金総額がいくらか、そのうちの一つの銀行は知り得ません。さて、このようなことで、銀行は真の顧客本位を実現できるのか。 金融の脱構築
20170831 無価値な銀行において銀行員が価値を生むために 商人とは、顧客の求めに応えるものです。これは、商業の定義そのものであって、銀行業も例外ではないはずです。経済は需要優先ですから、商業の発展は、顧客が求めるものが高度化するにつれ、それに応える供給側の商人の創意工夫を誘発することで、実現されてきたのです。ならば、銀行の未来は、顧客の視点で創意工夫が生まれてくるように、組織の仕組みを改めることにかかってくるのではないか。 金融の脱構築