鹿児島銀行「アグリクラスター構想」 Part 3

第2回 金融最前線コンテンツ「農業金融」

-地域経済へのコミットメントを誠実に追求する、地域金融機関の真の姿-

企業:株式会社鹿児島銀行
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photographs : 佐藤 亘

【なぜアグリクラスター構想は実現できたか】

【なぜアグリクラスター構想は実現できたか】
鹿児島銀行・営業支援部・<br />アグリクラスター推進室長・諏訪田敏郎氏<br />/photo:佐藤 亘
 ここである疑問が生ずる。それは「なぜ、鹿児島銀行だけが先駆けてこのような構想に取り組むことができたのか」という疑問だ。全国の各地域金融機関においても、地域経済に関する同様な課題意識や、改革の必要性を感じているのではないか。
 諏訪田室長はこう答える。「大きな要因としては、哲学と数字の両輪をまわせたこと、経営陣がトップダウンで旗を振ったこと、この2点にあると思います。やはり、すごく理論的なことを言っても、営業店単位で数字を出せなければ意味がないんです。考え方や哲学がいかに素晴らしくても、数字がついてこなければ素晴らしい考えは潰されてしまう。われわれは、数字がとれないからといって、直ぐに倒れるような銀行では無いけれど、銀行によっては、数字をとらなければ銀行自体が潰れてしまうというような状況に日々危機感を抱いているところもあるでしょう。だからこそ、私は現場の人間として『哲学と数字の両輪をまわす』というところにこだわってきました。事実、一番数字が伸びていたときで融資額は20%の増加を遂げました。経営陣は、このアグリクラスター構想への取り組みを経営の重要課題と位置づけプロジェクトを推進していったわけですが、もし、われわれが任命されて数字を伸ばすことが出来なければ、やりにくい部分があったはずだと思います。私はアグリクラスター推進室に8年おりますが、いわば、うちの部署は経営陣からの特命を預かり、プロジェクトを策定・推進する部署として機能しており、次々と新しい案件がおりてきます。あまりに範囲が無尽蔵なものですから、正直、もう嫌だなと思うときもあります(笑)。しかし、経営陣からの特命は、われわれが追求する哲学に対し、必ず正しい方向にベクトルが向いています。ですので、われわれは、どんな大変なことでも全てついていき、実現しようとします。もし、明確なミッションやビジョンもなく、ただ数字を伸ばせというような経営者の元では実現は無理でしたでしょう。」

【顧客とのリレーションシップ】

【顧客とのリレーションシップ】
農業組合法人水迫ファーム<br />理事長・水迫栄治氏<br />/photp:佐藤 亘
 鹿児島銀行のアグリクラスター構想への取り組みは、様々な観点から、沢山の高い評価を受けているが、この取り組みの最も革新的な要素は、“お客様と銀行とのリレーションを大きく変えた”ということではなかろうか。この点を探るため、鹿児島銀行の取引先である、農業組合法人水迫ファームの水迫栄治理事長にお話を伺った。
 農業組合法人水迫ファームは、有限会社水迫畜産より規模拡大を企図して設立され、和牛の肉用牛経営においては独立系で最大規模を誇る。両法人併せ総計18000頭を飼育・繁殖している。仔牛の生産から飼育販売まで一貫した社内体制のもと、肉牛生産を行う中核事業の他、安いコストから質の高い飼料を生産する産業廃棄物事業や堆肥・飼料の製造・販売事業などの関連事業、地元に店舗展開を行うレストラン事業などがある。水迫理事長は、東京の大学を卒業後、地元である鹿児島県・指宿へ戻り、家業を継いだ。事業の規模拡大へ向け、一躍邁進する若干35歳の若き経営者だ。鹿児島銀行とは2代にわたっての付き合いになる。「値ごろ感のある安くて美味しい肉を消費者に提供したい」「人を惹きつけるような組織を目指し、農業のイメージを明るいものにしたい」など事業に対する熱い想いを語っていただいた。
 現在は、年1000頭ペースで規模を拡大している。一般的に飼育用の牛を1000頭保持していれば、経営規模として全国100位以内に入ることから、これがどれだけ大規模な拡大かご理解いただけるだろう。牛の原価は1頭80万円。500頭の拡大で4億円のキャッシュが必要となる。将来は上場も視野にいれ、今後の融資の増額へ向け、銀行の理解を得るために色々と準備を行っているという。諏訪田室長は、共に準備を行うため、毎月本店のある鹿児島市中心部から指宿市まで片道90分の道のりを運転し、水迫ファームを訪れている。この日はfromHCサイトの取材のために、わざわざお時間を頂戴しご案内頂いたのだが、実際牛舎に足を踏み入れる際には、場内専用の衛生服と長靴に着替え見学を行った。鹿児島銀行では、家畜への病気感染を防ぐ為、行員が1日に複数の農場へ往訪することを禁止するなど、衛生管理を徹底している。
 水迫理事長に「鹿児島銀行さんはどのような存在ですか」と質問したところ、このような回答が返ってきた。「情報の理解力が早く、かつ内部での判断も早い。“やると言ったらやる”銀行だと思います。それはやはり、様々な情報を保持し、地元のことをよく分かっている銀行だから出来ることだと思います。特に情報の理解力については、メガバンクと鹿児島銀行さんの評価の間には、大きな差があります。困ったときにさらに困らせるのが銀行だと思っていたのですが(笑)、鹿児島銀行さんは、普段から密接なコミュニケーションを重ねていることもあり、われわれの一番の良き理解者です。極端なことをいえば、地元に根付いた鹿児島銀行さんが窓口となっていただければ、資本構成のアレンジについては、全てお任せできると思っています。」

【地域金融機関のあるべき姿】

【地域金融機関のあるべき姿】
photp:佐藤 亘
 最後に地域金融機関の本来の役割について諏訪田室長のお考えを伺った。「まず前提として、ホームグラウンドを豊かにしないことには、われわれ地域金融機関は生きていけません。ですので、本来的に考えなければいけないことは、産業をどう考えるか・どう育てるか・ものをどう創るか・という問題です。今や預金をいかに集めるかということだけが、銀行の力ではないのです。護送船団方式の時代は終わりました。これからは各々の地域金融機関が、独自の方向性を示していかなければならないのではないでしょうか。」

 今後、日本の成長にとって、地域の成長は重要なファクターとなるだろう。その意味において、鹿児島銀行のアグリクラスター構想への取り組みは、地域の成長を支える地域金融機関のあり方として最も先進的であり、と同時にその哲学は金融の社会的役割の本質に立ち返る上で、非常に大切なものを示してくれている。

以上