鹿児島銀行「アグリクラスター構想」 Part 1

第2回 金融最前線コンテンツ「農業金融」

-地域経済へのコミットメントを誠実に追求する、地域金融機関の真の姿-

企業:株式会社鹿児島銀行
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photographs : 佐藤 亘
 農業産出額全国4位、第一次産業名目総生産構成比は全国平均の約3倍である鹿児島県。鹿児島のリーディングバンクである鹿児島銀行は、地域の豊かなポテンシャルを活かすべく、経営全体で「アグリクラスター構想」という特色ある取組みを行っている。
 それは、基幹産業である農業(川上)・食品加工業(川中)を中心とし、川下である流通・関連産業まで含めた商流に関わる産業群(アグリクラスター)の活性化・拡大を支援するというものである。この「アグリクラスター構想」の哲学のもと、徹底的な戦略志向と金融を科学する姿勢により、ABLを用いた畜産融資が生まれた。
 「地域経済へのコミットメント」を誠実に追求する、地域金融機関の真の姿。その最前線に迫る。

【アグリクラスター構想・誕生の経緯】

【アグリクラスター構想・誕生の経緯】
鹿児島銀行・営業支援部・<br />アグリクラスター推進室長・諏訪田敏郎氏<br />photo:佐藤 亘
 「アグリクラスター構想の取り組みとは哲学であり、そこには健全経営・地域貢献・顧客志向・企業活力という4つの企業理念が原点にあります。」
と鹿児島銀行・営業支援部・アグリクラスター推進室の諏訪田敏郎室長は語る。
 諏訪田室長は、横浜の大学を卒業後、地元である鹿児島へ戻り、昭和61年に鹿児島銀行へ入行。20数年法人営業に携わり、現在のアグリクラスター推進室へ配属され、今年で8年が経つ。当初、経営陣から特命を受け、全く基盤の無い状態から今日まで「哲学と実績の両輪をまわす」をモットーに、試行錯誤を重ね、プロジェクトを支えてきた中心人物だ。
 そもそも、アグリクラスター構想とはどういう経緯で誕生したのか。これを探るには「本来、銀行とはどうあるべきか」という議論に遡る。
 諏訪田室長は以下のように語る。「バブル崩壊後の負の10年を考えたとき、飽和バンキング状態で、サービスを提供するというよりも、資金をとにかく借りてもらうということに仕事の重点が置かれていたんです。その中で、『銀行とは何か』ということを改めて考えたときに、大事なのはサステナビリティであり、これが一つの前提としてなければならないという結論に達しました。例えば、新規の取引先に短期2年くらいの手形で500万円の融資をしたとします。貸付額だけに注目すると3000万円の住宅ローンで30年ローンの方が、末永い取引という意味においては優れていますよね?しかし、500万円の融資というのは、その企業がどのように成長するかということ、つまり、2代目、3代目と事業承継がうまくいけば、それがやがて100年企業になり、将来的には10億、20億、しいては100億円の貸出になるかもしれない可能性を秘めています。その中で、『地域金融の円滑化と地域経済へのコミットメント』という、我々が考える地方銀行のアイデンティティの追及が、経営の重要課題として浮上するようになりました。また今は、『各地域がいかに何を考えて何を創るか』ということが一番大切な時代だと思います。しかしながら、県庁や市役所等の地方自治体の財政状態はよろしくなく、積極的に動くことはなかなか難しい。それならば、そこを担えるのは、鹿児島のリーディングバンクである当行しかいないということで、本格的にアグリビジネスのプロジェクトが稼動し始めたのです。」

【産業連関調査を進めるうちに見えてきた鹿児島の優位性】

【産業連関調査を進めるうちに見えてきた鹿児島の優位性】
photo:佐藤 亘
 この流れの中で、鹿児島の地域活性化・経済活性化を考えたとき、何を行うか?鹿児島の強みとは何か?と試行錯誤が進んでいった。地域経済の構造分析を進めていくうちに、「農業」という1つのキーワードが浮かび上がってきた。鹿児島県は、農業産出額で全国4位、第一次産業名目総生産構成比は全国平均の約3倍。日本の農業産出額は合計で8兆円と規模は小さいが、加工品までを含めると、かなりのポテンシャルがある。
 諏訪田室長は、次のように語る。「要は、たまたまアグリだったのです。鹿児島の優位性を活かそうと思ったら、たまたま農業にたどりついた。そして、農業の中でも鹿児島は畜産県であり、それならば畜産農家にどうしたら融資をつけられるか、というシナリオで考えていきました。他の地域金融機関の方が、漠然と農業をやってみようとか、単に残高を増やしたいなどの理由で、当行のアグリへの取り組みについて話を聞きに来られる機会がありますが、われわれは、このような流れの中でやっておりますので、その動機自体がそもそもの誤りなのです。まずは、徹底的な産業連関調査をして、各々の地域の優位性や特色を考えるべきでしょう。」

【なぜ畜産融資か】

【なぜ畜産融資か】
photo:佐藤 亘
 同じ農業でも、耕種農業と畜産業では資金使途という面において、事情が異なる。
耕種農業の方は、作物によっても異なるが、播種してから収穫までの期間が大体4カ月程度。いわゆる季節資金で、収穫が出来れば企業間金融の必要性はなくなってしまう。土地の集約化の検討となれば話は別だが、事実、多額のお金を機械に投資したりするケースは稀だ。
 一方の畜産業では、牛の場合だと、仔牛が生まれてから出荷するまでに30カ月もの期間を要する。通常は、10カ月間仔牛だけを育てる繁殖業者とそれを仔牛市場から買ってきて20カ月肥育する業者とでワークシェアリングされているが、最近では一貫されているところも多い。また、畜産業の場合、「在庫」は「生き物」になる。製造業においては、いかに在庫を減らすか、いかにリードタイムを短くさせるかが問題となるが、生き物のリードタイムはどう頑張っても縮めることは不可能である。極端なことをいうと30カ月間、資金を寝かせることになり、事業として非常に長いものになってしまうのだ。耕種農家に先行し、畜産農家への融資をメインとしてスタートさせたのは、畜産業が農業の6割を占めるという鹿児島の特性とこのような畜産業特有の資金需要が背景にある。
 元来、畜産業はハイリスクハイリターン、かつ、長期収支で変動要因が大きい、非常に難しい業種なのである。肥育業者にとっては仔牛の仕入れ価格と枝肉相場に20カ月の価格変動リスクがあり、エサ代はアメリカ・シカゴのとうもろこし市場と船舶の輸送コストに影響を受ける。加えて、現在話題となっている口蹄疫やBSEなどの病気に対するリスクが存在する。
 しかし、諏訪田室長は語る。「我々は地域金融機関なので、悪くなったら逃げるということは、絶対に行いません。状況が悪くなったのであれば、その中でどうしていけばいいのかということを考えます。」

【現場主義の徹底-制度融資はつくるな-】

【現場主義の徹底-制度融資はつくるな-】
photo:佐藤 亘
 それでは、実際どのように畜産融資を行っているのだろうか。
平成9年より農業の実態調査に入ったが、経営陣より最初に命じられたことは「アグリクラスターでは、絶対に制度融資をつくるな」ということであった。他の金融機関でよく見かけるような農家向けの制度融資の実情は保証であり、“スコアリングのみを絶対視し本当の姿を見ない、実態を失っているもの”というのがその現状だったのだ。そもそも、銀行員がスコアリングのみで農業を把握するのは不可能に近い。
 一方、鹿児島銀行のやり方は至極、現場主義的だ。現在、アグリクラスター推進室のメンバーは8名。うち2名が農業の専門家である。1名は、これまでに沢山の現場を見てきた県庁OBの畜産のプロである。
 諏訪田室長いわく「現場の農家の本音は、我々銀行員が来ても、『何がアドバイスだ』と思っているのですよ。どうせ、何も分からないのだから軽くいなそうと考えている。そんな時、畜産の専門家であるうちのスタッフから『この牛、熱があるからすぐに見てもらった方がいい』といったようなやり取りがあると、相手の農家の見る目も変わってきます。基本的には、製造業と同じで、5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)が徹底されている農場とそうでない農場とでは、決算書の数字が全く違います。そういう中で実態の交渉があるのとないのでは大きな違いがあるのです。」ちなみに、もう1名のスタッフも、耕種関係の専門家で、肥料設計の指導までこなす、プロフェッショナルだ。

【徹底的な戦略志向と金融を科学する姿勢から生まれた“中間管理型”ABL】

【徹底的な戦略志向と金融を科学する姿勢から生まれた“中間管理型”ABL】
photo:佐藤 亘
 融資業務の一連のサイクルにおいて、融資事務にあたる中間管理手法について検討・研究を重ねた結果、採用されたのがABL(Asset Based Lending=動産担保融資)だった。ABLというと、米国で発達した主として売掛債権と棚卸資産を担保にした融資手法をイメージするのが一般的だろう。
 諏訪田室長はABLの導入について、こう強調する。「我々は当初、畜産融資における中間管理をいかに進めていくか、そのためには何をすればいいか、ということについて非常に頭を悩ませていました。動産のデータをどのようにもらってコベナンツをつけるか。それをうまく出来る方法はないか。我々のやっているABLの原点はここにあります。ですから、ABLという名前は同じでも、米国のABLとは全く性質が違います。私はその意味でABLを3つの呼び名で使い分けています。まず一つ目は『資産処分型ABL』で、これがいわゆる米国型ABLです。出口の中古マーケットがしっかり発達している中で、信用力は低いが売掛金等の債権や商品在庫、機械設備等の動産に一定の評価がつく企業に貸出を行うもの。二つ目が、我々の行う『中間管理型ABL』です。単純にいえば、牛が何頭いるかというデータを頂いてそれを管理しているわけです。牛が生まれてから出荷するまでのサイクルというのは常に一定ですので、前年同期と比較して個数が減っているときは、死んでいる、もしくは資金繰りが苦しくなり、ゴールまで行く前の牛を早めに売ってしまって換金化しているかのどちらかです。常にウォッチして担保をおさえておけば、状況の変化がかなり早い段階でわかります。預金口座を当行オンリーにしてくださいと言えるのであれば、一番簡単なのですが、実際そんなことは不可能です。他の要素で何を探るかと考えたとき、中間で状況が悪くなったか良くなったかを機微に感じとれる体制をつくるには、動産を担保にとることが最も効率的だったのです。最後は、昨今、行政が『ABLとは担保に頼らない素晴らしい融資手法です』と推奨しているので、金融機関が、相次いで、その本質に関係なく、とにかくABLに取り組みましたというニュースリリースを出しているというトレンドがあります。ABLとは基本的に在庫見合い資金ですので、わざわざABLの形態を採らなくても、バランスシートや信用で在庫見合い分について必要運転資金としてお金を貸すことなど、既に行っている話なのです。比較的信用力の高いところにスキームを当て込んで、ABLをやりましたとリリースすることは全く無意味であり、我々にとっては、ABLは、元々中間管理をするものであって、アピールする道具ではないのです。これを私は『PR型ABL』と呼んでいます。」
 中間管理型ABLは、コベナンツ型融資に近い。良い情報も悪い情報も常に共有することにより、常に変化していく事業のサステナビリティを確保する。その中で、銀行・取引先双方の企業理念の共有化が進み、それが地域経済の活性化に繋がる。その手段として、ABLは後付に過ぎない。地域経済へのコミットメントをミッションとし、科学的かつ戦略的に、実態に即した金融のソリューションを提供する。鹿児島銀行の行うABLはその賜物なのだ。

Part2は7/12に公開予定です。