2014/4/18開催 2014年4月年金資産運用基礎講座第1回・セミナーレポート

HCセミナー



第1部 片仮名を使わない投資入門

(1) 「リスク」とは何か

 資産運用の大部分の単語について片仮名は不要です。「フィデューシャリー」は、イギリス等で1,000年にわたってゆっくりと形成されて来た概念で、日本にはそもそも存在しなかったため、敢えて日本語にすると「信認受任者」となり、片仮名を使うことが止むを得ない面がありますが、片仮名の専門用語として最も広く使われている「リスク」は、この言葉が明示的に何を意味するか分からないで使っている人が多く、使わない方がよいと考えます。日常生活においても「リスクを取らない」ことが原則で、積極的にリスクを取るなどと言うことはあり得ません。GPIFに対してリスクを取れと言っている人たちの「リスク」の意味するところは、自ずと異なるはずです。損失の可能性を受け入れるとなぜ儲かるのでしょうか、「リスクをとればリターンが上がる」と言った投資理論は甚だ疑問です。
 また、投資の世界において、年金運用とか投資信託の投資とか個人富裕層の投資とか区分されていますが、投資と言うものは一つしかありません。産業界における資金調達と資産運用業における運用は表裏一体の関係にあります。企業が設備投資をする際は、客観的な「損失可能性」を内包していますが、主観的には設備投資を実行する上にで「損失はない」、つまりは「リスクは制御可能」ということが前提になります。設備投資は失敗しないと言う主観的な判断の下で実行される企業の設備投資について、専門的な知見の下でリスクが適切に制御されているかを見極めることが重要となります。
 リスクの制御能力はそのまま資産運用の優劣に直結し、厳格にリスクを管理できない経済主体は淘汰され、または新たな投資手法が構築されます。換言すれば、この制御能力の投入量によって、多様な投資手法を確立させているわけです。
 では、株式投資のリスクは制御可能でしょうか。制御可能性があるものへの投資が前提となりますが、単なる価格変動であれば投資の本質に影響を与えることはなく、最高水準に達した資産運用の王道に何ら意味を持ちません。株価の増減は元来、「本源的価値の変動(価値の毀損)」と「単なる価格変動」の2つに分解されます。これは債券でも不動産でも同じです。リーマンショック時に多くの有価証券の価格が下落しましたが、オバマ政権下の経済対策で、ほとんどの資産は価格が戻りました。要は単なる価格の変動だったわけです。戻らない部分については価値の毀損となりますが、株価減少額全体の1%程度を説明するに過ぎません。リーマンショック時にこの事を理解できた人はほとんど皆無だったのではないでしょうか。本来的に価値の毀損、即ち戻らない損失がどれだけあったかが問題なのであって、この認識の欠如が本来プロであるはずの資産運用業者の技量の巧拙を詳らかにし、業界全体の信認を低下させる結果となりました。米国では合理的な推論の中で投資判断がなされており、資産運用業者多くはこの事を理解していたため、信認は低下していません。この認識の差が、日本の資産運用の後進性に繋がっているのではないでしょうか。

 
(2) 「リターン」とは何か

 「リターン」は文字通り戻って来ると言う意味で、「(現金の)回収」と表現するのが適切です。設備投資の利潤を意味していません。1億円投資をしたらその元本が回収できることが投資の前提であり、銀行や信用金庫等の業態はこの金融規律を実践しています。仮に金融規律が崩壊すると融資先である多くの企業の崩壊を招きかねないため、世界最高水準の金融規律の中で、長期的視点を持ちながら日常的に効率的な企業経営と高度な投資が表裏一体で絡み合うことによって高いリターンを挙げています。これが実践できる人は「ハイリスク・ハイリターン」は理論的要請によってのみ求められた概念で、役に立たないと理解できます。例えば「毎年3ずつ効用を生む」ケースと「各年0, 7, 0, 7の順番に効用を生む」ケースがあれば期待値は後者が高いため取引が成立する見込みが高いということになるはずですが、現実には経済的にも科学的にも合理性がありません。

 
(3) 「オルタナティブ」とは何か

 一番使ってはいけない片仮名は「オルタナティブ」だと考えます。「オルタナティブ」は社会通念に照らして「その他」と訳す人がいますが、通常その他は数%程度のことで、数十%のことは「その他」とは言いません。また、「代替」だとすると何の代替か明確に区分しなければなりません。既存の資金調達方法に代替する調達方法としてのメザニンについて考えてみれば、なぜメザニンが必要かを科学的に突き詰めて行けばオルタナティブに一括りにはできないはずです。例えば、北海道電力は自己資本比率が一桁台で債務超過の危険に曝されており、銀行融資の上乗せや社債発行は困難で、且つ、普通株の発行も第三者に引受けをしてもらうしか方法がなく、通常の資金調達方法が機能しません。このような事例において、伝統的な資金調達方法に代わってメザニンが誕生したのです。また、マネージド・フューチャーズは世界共通で行われてきた所謂オルタナティブの一つです。石油のような一次産品は将来の生産量と価格の両方について不確実性を有しており、生産者は先物を用いて価格変動リスクを抑制しています。この市場を支えるために投機資金を呼び込むことで、産業を成立させます。だからこそ投機資金は必要であり、実需と投機がぶつかり合うことで生じた一定の周期性を背景に、実需側を支えている商社等を中心にマネージド・フューチャーズを発展させてきました。このようなそれぞれの資金調達方法に対する理解もなく、「オルタナティブ」と一括りにしていては投資の技量も広がるはずがありません。単に表面的な言葉を鵜呑みにして無自覚的に使っている現状では、日本の投資教育は瓦解してしまっていると評価せざるを得ないでしょう。


第2部「社会常識の中での投資の知識」

 投資は、産業界が資金調達した結果であり産業界にとっての負債です。産業界の資金調達がなければ、投資は成立しません。米国ではこの常識が広く認知されており、産業界における最適な資金調達と投資における最適な資産配分が表裏一体となっています。日本は米国の常識から生まれた投資理論の表面のみを輸入してしまった事で、常識が欠落しています。投資においても、企業活動における常識的な言葉で議論がなされるべきです。前述した価格変動の要因について言えば、日本の相場格言に「逆日歩に売りなし」と「逆日歩に買いなし」があります。これらの相対する表現は単なる価格変動を追っても正解は無く、信用取引を背景とする歪んだ価格形成はいずれ本源的価値に修正される、言い換えますと本質的な価値に基づいて制御可能なリスクの下で投資をすることの意義を暗に示唆していますが、これを理解するのにも常識が必要です。
 投資の世界においても、美術骨董品と同様に「金持ちが欲しがるもの」・「一般の認識」・「必需性があるもの」・「近代性のあるもの」を充足するか否かの判断が求められています。最近ではシェール革命による石油・天然ガスの増産を背景に、輸送用パイプラインや関連エネルギーインフラへの積極的な設備投資が増え、世界的にエネルギー分野に投資資金が向かっています。その流れの中で、航空機や船舶が投資対象となって来ます。根源的に需要のあるエネルギーそのものに投資をすると分散が効かず、エネルギー価格の変動をもろに受けることになりますが、派生需要である資産や周辺事業に投資すれば分散投資が可能となります。資産運用のプロとして、この価値判断ができるかで力量が試され、資産運用業界の信認を高めるかどうかを左右します。我々が求められている資産運用の本質とは、天才的な発想ではなく、商業道徳に照らして価値を見出すために英知と努力の積み重ねを論理的且つ科学的に追求した結果に得られる常識だけです。
 例えば、日本の小型株投資において、安定顧客基盤の下で安定収益を上げているかという道徳的な価値判断が重視されます。換言すれば、自分の理性や常識に従って妥当と判断した投資対象が社会的な常識の範疇かどうかです。また一方で、リーマンショックは、リーマン・ブラザーズにも大きな問題がありましたが、彼らが組成した商品に投資をした投資家の常識の欠如にも問題があります。この結果、格付けに依存するのではなく、常識を働かせれば投資対象とならなかった資産に投資をした非常識の人たちのために、常識人も多大なコストを支払うこととなってしまったのです。
 結局のところ、産業金融の王道を歩めるかどうかは、技術的知識云々ではなく、自らの根幹をなす常識、所謂スチュアードシップコードの問題に他らないのではないでしょうか。産業と金融の対話の中から経済成長を支えるためにはこういった本源的な常識を持つことが今、まさに求められているのです。


以上

(文責:西山和宏/佐藤知雄)

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