2016年4月19日(火)開催 HC資産運用セミナーvol.100『年金資産運用の原点:歴史と実践』セミナーレポート

HCセミナー

■動画ダイジェスト




年金資産運用の歴史

 戦後日本の経済成長は、経済産業金融政策からの長期設備投資資本創出により成しえた。年金積立もその長期金融のうちの1つであり、長期金融機関に独占受託させる必要があり、生保・信託の独占受託が成立した。当時は信託銀行に対し、口座ごとの資産配分比率や、給付シェア・掛け金シェアの一致(結果として資産シェアも限りなく一致)等、厳格な規制がなされていた。そして1990年4月1日より施行された厚生年金保険法の改正を境に、金融危機までは、段階的に規制緩和が進められていった。この厚生年金保険法の改正では厚生年金基金について、年金給付の委託が年金給付の費用(資産)の委託へと変更され、初めて資産運用の委託という考え方が生まれたことにより、給付事務が出来ない投資顧問会社への運用委託が解禁された。しかしその後1997年から金融危機を迎えると、規制緩和は急激に行われるようになり、規制がないのであるから倒産の責任は本人に帰属するはずだという「自己責任原則」が台頭し、「受託者責任」が意識されるようになる。
 1997年の金融危機の中で、信託口座には「三つの信用リスク」が潜在していた。1つは有価証券信託の登記省略による信用リスクである。当時の信託法では有価証券が信託財産として公示されていなければ、第三者に対抗することはできないのだが、実務の都合上、信託契約の中には公示の省略が明記されていた。今では信託財産としての明瞭な分別がされていれば、第三者に対抗しうると改められている。2つ目は為替取引時の信用リスクである。現在では委託者が為替取引の相手方の銀行を自由に選択できる他行為替が認められているが、当時は受託信託銀行が外国為替銀行であった。そして最後が銀行勘定貸しによる信用リスクである。銀行勘定貸しとは、短期資金等の運用のため信託銀行の信託勘定から銀行勘定へ貸付を行うことである。当時はそれが無制限になされていた。銀行勘定貸しは、資産保護のためには本来分離されるべき各勘定を統合するものだ。信託法上の忠実義務違反である。そしてその後は100万円未満の端数金額のみを銀行勘定貸しとし、それ以外をコール市場等に放出するという業界の慣行が確立することとなった。
 この度の日銀のマイナス金利政策に伴うコール市場の閉鎖を受け、全額銀行勘定貸しを再度認める動きが出ている。忠実義務違反として一度は廃止したものではなかったのか。日銀当座にすべく緊急避難的に銀行勘定貸しを行うにせよ、それはあくまで信託銀行の資金調達の問題であるのだから、負担を顧客に転嫁すべきではない。またそれを一方的な通知を以て、説明とすることはありえない。

年金資産運用の実践

 現在、金融庁の重点施策として資本市場改革が進められている。機関投資家・投資運用業者・企業のガバナンス改革の連鎖によって、資金調達と資産運用が高度化され、その結果資本市場が活性化されるという「好循環」を生み出そうとするものだ。
 
 年金制度におけるフィデューシャリー・デューティとは、最終的な受益者に対し、年金運用に関わる全てのものが責任を負うことである。規制(コード)として強制されるものでなく、あくまで企業の自主性に委ねられる形をとっている。しかし宣言がなされれば、それは関係者に対しての確約となり、規範として自己強制力を持つようになるのである。
 日本の「忠実義務」とフィデューシャリー・デューティとの違いは、フィデューシャリー・デューティにおいては、業者には常にベストプラクティスが求められる点にある。法令により忠実義務違反として線引きされているのは、業者が自己もしくは第三者に利益のために、顧客に損失を与える事態のみである。法令の遵守は達成されて当たり前の、最低限の事項である(ミニマムスタンダード)。フィデューシャリー・デューティではそれに加え、合理的報酬、またベストを尽くす義務を達成することが求められるのである(ベストプラクティス)。
 
 さてこの低金利下で、今の運用は創意工夫がなされているか、ベストを尽くしたと言い切れるか。もう一度考えていただきたい。それは必ず金融力の高度化につながるはずだ。



以上

(文責:杉本 大山)

当日配布資料をPDFでダウンロードすることが可能です。






■セミナーで実施したアンケートの集計結果

Q1 日本の産業の明るい未来にとって、確定給付企業年金は、どのような位置づけにすべきとお考えでしょうか。一番近いと思われるものを、一つだけお選びください。

<クリックで拡大>
1.日本産業の国際競争力は、製品・サービスの質の高さに依存する。その質を維持するためには、雇用の質が重要となることから、安定雇用の柱として、改めて、確定給付企業年金は戦略的に重要なものとして再認知されるべき。
2.確かに、安定雇用は重要だが、確定給付企業年金は、企業の財務的不確実性を大きくしてしまうので、確定拠出等への移行を通じた相対的縮小は、不可避。
3.グローバル競争に勝ち抜くためには、確定給付企業年金は、日本企業の人事制度として、不要である。
4.その他

Q2 今、確定給付企業年金の資産運用のあり方を見直すとしたら、考慮すべき外的要因として、次のどれが重要だとお考えでしょうか。一番重要と思われるものを、一つだけお選びください。


<クリックで拡大>
1.フィデューシャリー・デューティー(およびコーポレートガバナンス・コード)
2.積立水準、成熟度の高まりと給付額の増加など、制度に内在する課題
3.雇用や人件費など、人事政策についての母体企業の経営判断
4.会計基準など、財務政策についての母体企業の経営判断
5.マイナス金利等の投資環境の変化
6.その他