20220317 金融機関は非金融の金融機能に勝てるのか 金融機能は、金融の領域において、金融機関から提供されているほか、非金融の領域において、商取引等のなかに内包されて利用されてもいます。さて、金融と非金融の境界は、どうあるべきか。 金融の脱構築
20210714 顧客本位が儲からないのは顧客本位でないからだ 金融庁は、金融機関に対して、顧客本位の徹底を求めていますが、金融界には、あるいは金融庁内部にすら、それでは儲からないだろうという意見があるようです。では、金融機関は顧客の利益に反したことで儲けているとでもいうのか。 金融の脱構築
20210325 規制業としての金融の解体と高度化 金融は規制業の代表ですが、社会構造の大きな変動は、既に規制の目的を失わせてはいないか、新たな金融機能の役割に対応した本質的な改革は、金融規制の枠を超えて、むしろ規制業としての金融の解体をもたらすのではないか。 金融の脱構築
20200827 法律の強制によって銀行を解体するしかない 銀行は金融の中核としての地位を失い、経営機能は銀行の親会社の持株会社に移転し、非金融の領域も含めた持株会社の業務範囲の拡大とともに、現在の銀行業務の多くは、持株会社傘下の専門機能を担う子会社群に流出しますが、この変革を法律の強制によって加速させるべきではないか。 金融の脱構築
20200611 銀行業なんか廃業してしまえ 法律上の銀行業を営むものだけが銀行を名乗ることができるので、銀行業を廃業すると、銀行は銀行でなくなりますが、だからといって何か問題でしょうか。なにしろ、銀行にしかできない特権業務の利益よりも、銀行であるが故に負う規制上の不利益のほうが大きいのですから。 金融の脱構築
20190801 金融の王道は信用金庫と信用組合にあり 信用金庫や信用組合のような協同組織金融機関は、金融機関である以前に協同組織であり、その構成員のための金融機能を内製化したものですから、利用者である事業者や生活者が所有する金融機関として、産業と家計を主役とし、自らは脇役に徹するものとして、本質的に顧客本位なのです。ここに、自らを主役と勘違いし顧客不在に陥りがちな銀行との決定的な違いがあり、協同組織金融機関が金融の王道を守る所以があるのです。 金融の脱構築
20190718 預金が消滅する近未来社会の構図 個人でも法人でも、誰でもが預金口座をもっています。それは、事業や生活にはお金の使用が不可欠で、使用されたお金は預金を経由して移動するからですが、では、現在の預金に、お金の移動以外の機能が残されているでしょうか。銀行等は、預金取扱金融機関として、預金によって事業の本質を規定されているのですが、実際には、業務の多くは預金がなくとも実行可能ではないでしょうか。さて、金融改革の要諦は、預金のない世界を構想することではないのか。 金融の脱構築
20190523 銀行員がいなくなる日のために 株式会社に勤務する人は会社員と呼ばれますが、銀行という株式会社に勤務する人だけは銀行員と呼ばれます。これは、銀行が特別なものであり、銀行員が特殊な人種と看做されてきたからでしょうが、社会の進化で銀行が不要なものになるとき、特殊な職業でなくなった銀行員はどこへ行って、どのような職業に就くべきなのでしょうか。 金融の脱構築
20190411 預金を集めて投資することの意味 銀行等の預金取扱金融機関にとって、本業は預金を原資として融資することですが、融資に対する預金の大幅超過が常態化するなかでは、超過分を公社債等に投資することも本業化してきています。しかし、元本保証を付した預金負債をもって価格変動の大きな対象に投資するには、それなりの態勢を整える必要があり、金融庁も資産運用の高度化と呼んで人的資源の投入等を求めているわけですが、さて、どうすれば高度化するのか。 金融の脱構築
20180621 金融の使命は金融を不要にすることだ 借金したい人はいないのです。借金するのは、借入金で実現したい目的があるからで、その目的が借金をしないでも実現できるなら、誰も借金しないはず。金融の利用目的に極限まで遡行し、金融によらずに目的を達成できる可能性を最大限まで追求し、なお残る金融固有の領域、それを明らかにしない限り、金融の未来を語ることはできません。さて、金融に未来はあるのか。 金融の脱構築