東京電力の株主と金融機関の責任

東京電力の株主と金融機関の責任

森本紀行
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東京電力に対する政府支援の枠組みを定める特別事業計画の見直し作業は、現在、最終段階にあります。詳細は未だ不明ですが、方向として、政府が前面に出る、即ち、政府の責任が明確になることは間違いありません。そのなかで、金融機関の責任はどうなるのか。
 
 この問題については、私は、何度も書いているのですが、繰り返しになることを顧みず、改めて主張を明確にしておきたいと思います。結論を先に先にいえば、東京電力の債権者である金融機関は、一部債権放棄、もしくは、それに類する何らかの方法により、一定の責任を果たすべきではないか、今では、そのように考えています。
 

金融機関の債権放棄は論理的にあり得ないというのが、一貫した主張ではなかったでしょうか。
 
 確かに、私は、民主党政権が決めた路線のなかでは、断じて債権放棄はあり得ないと主張してきました。この考えは、今も、全く変わっていません。
 なぜ金融機関の債権放棄があり得ないかというと、民主党政権が定めた仕組みでは、東京電力が全面的に責任を負うのであって、政府は、事実上、無責任になっていたからです。政府が責任をとらないのに、金融機関が先に責任をとるのはおかしい。故に、債権放棄はあり得なかったのです。
 

政府が責任をとっていないというのは、どういうことでしょうか。東京電力が存立できているのは政府の支援があるからで、政府は支援という形で責任を果たしているのではないでしょうか。
 
 そもそも、政府支援は、「原子力損害の賠償に関する法律」の第十六条に規定されていることで、政府の法律上の義務です。金融機関にとって、東京電力に対する融資は、この法律の存在を前提にしてなされてきたことですから、政府支援により債権が一定の保護を受けると期待するのは、金融の論理として、さらには法秩序の問題として、当然のことだろうと思われます。
 ところが、当時の枝野官房長官は、法律家として(枝野氏は弁護士です)、法律の仕組みを完全に理解したうえで、もしも金融機関が債権放棄をしないならば、国民は納得しないだろう、という趣旨の発言をし、大きな混乱を招いたわけです。
 政治屋としてならば、このような大衆迎合の発言も、わからなくはない。しかし、政権の要職にある立場としては、法的予見可能性を損ない、法秩序の根幹を揺るがすような発言は、断じて認め難い。そこで、私は、債権放棄はあり得ないとして、強く枝野氏を批判する言論を展開したのです。
 また、政府の東京電力に対する支援は、全額政府に弁済されることになっています。具体的にいうと、政府支援は、原子力損害賠償支援機構を通じてなされているのですが、将来的に、機構は、特別負担金という名前で、支援額の全額を東京電力から徴収するのです。ただし、特別負担金というのは、金額が確定されて請求されるまでは、東京電力の債務にはならない、即ち、出世払い的債務になっているので、東京電力の債務超過は回避されているのです。
 つまり、政府は、法律に定められた支援義務を、実質的な金銭的負担を負うことなく、最低限のところで果たしているにすぎないのです。
 

安倍政権になって、政府が前面に出ることになったということは、政府が実質的な金銭負担を負うことを意味するのでしょうね。
 
 「原子力損害の賠償に関する法律」で定められている政府支援は、当たり前のことですが、直接的には、損害賠償にかかわる支援だけです。しかし、東京電力が負っている責任は、もっと広くて、事故の完全収束や廃炉をも含むわけで、安倍政権が前面に出るといっている領域は、少なくとも現段階では、損害賠償のことではなくて、それ以外の事故収束等についてです。
 もともと、損害賠償以外には、法律の規定がないのですから、政策によって、どうとでもできるわけです。それを全て東京電力の責任に押し付けた民主党政権の方針というのは、異常極まりないものであったわけです。安倍政権が政府の責任を明らかにしようとしているのは、単に、異常事態を正常化しようとしているだけのことなのです。
 今回の特別事業計画の見直しのなかでは、そこまでは、政府は踏み込まないのでしょうが、私は、最終的には、原子力損害賠償についても、東京電力の負担に上限を画するような措置がとられる、というよりも、そのような措置が取られるべきであると考えています。
 いずれにしましても、政府が前面に出て責任を負うことは、東京電力の経済的負担を大幅に削減するはずです。結果として、政府が直接的に負担する分、東京電力に対する政府支援額は少なくて済む、つまり、現在の仕組みからいえば、東京電力が負う将来の特別負担金の金額が、その分小さくなるのです。
 要は、民主党政権が定めた仕組みを維持するならば東京電力に請求できたはずの権利を、政府は、実質的に、一部放棄したのと同等の経済効果が生じるわけです。
 

政府が責任をとる以上、金融機関も責任をとれ、ということですね。
 
 枝野氏のいい方を借りれば、ここで金融機関が責任をとらなければ、国民は納得しない、ということになりますが、枝野氏とは異なって、これは大衆迎合ではなくて、社会的公平公正性からみて、当然のことだと思われます。
 私は、一貫して、政府の責任を主とし、東京電力の責任を従としたうえで、両者間の責任の公正、公平、合理的な配賦を決めるべきであるとの主張をしてきたわけですが、安倍政権は、政府が前面に出る、即ち、政府責任を主とする立場への路線転換を表明したわけですから、後に残る問題は、政府と東京電力との間の適正な責任配賦の決定だけなのです。
 

東京電力の責任とはいっても、実質的には、東京電力の利害関係者の負担ということになって、そのなかでも真っ先に、金融機関があがるわけでしょうが、株主のほうにこそ、先に負担がいくべきではないでしょうか。
 
 東京電力の利害関係者で、ここで新たなる負担を負うべきは、確かに、株主と金融機関だけです。いうまでもなく、原子力損害賠償債権をもつ被害者や、電気事業や事故対策に関係する取引業者などは、厚く保護されなければならず、社債権者には法律(電気事業法)の特別な保護があり、あと残る利害関係者は従業員だけですが、そこは、もはや、破綻処理と同等の扱いで処遇の削減が行われているからです。
 さて、株主と金融機関の関係ですが、理論的には、最劣後の地位にある株主の権利が変動しないなかで、株主に優越する権利をもつ債権者である金融機関の負担が発生するのは、いかにもおかしいと思えます。しかし、そこの検討は、政府、金融機関、株主の三者間の高度な利益調整に依存するのではないかと思われるのです。
 

東京電力の最大の株主は、原子力損害賠償支援機構、即ち、政府ですね。ここが、微妙なところだというわけですね。
 
 現在の東京電力の支援の枠組みを決めた当時の菅総理大臣と枝野官房長官の政権は、東京電力に全責任を押し付けることを、国民負担の極小化という欺瞞をもって、表現したのですが、私の論理は、真の国民負担の極小化は、責任を負うものの間の公正公平な負担割合の決定によってのみ実現できるというものでした。ということは、今の安倍政権の課題は、政府、金融機関、株主の三者間の公正公平な負担割合を決めることで、真の国民負担の極小化を図ることになるわけです。
 論点は、政府が圧倒的な株主であることは、もしも株主に別途新たなる負担を求めれば、政府責任の強化によって、政府には二重の負担が発生し、公平性を欠くのではないかということです。政府の責任範囲が広がれば広がるほど、株主に有利です。その最大の株主が政府であることは、実のところ、国民負担の極小化という効果を生むのではないかと思われるのです。
 

金融機関はどうでしょうか。株式から受け得る利益は限定的ですね。
 
 ならば、債権放棄ではなく、債権の株式転換(優先株のようなものになると思われますが)に応じればいいのだと思われます。任意な債権の整理ですから、放棄よりも株式転換のほうが、金融機関にとっても、受け入れられやすいと思われます。
 

既存の株主は利益を受けるだけで、不公平ではないでしょうか。それこそ、国民の納得は得られないのでは。
 
 既存株主は、既に、原子力損害賠償支援機構に対する巨額な第三者割り当て増資によって、大きな希薄化の損失を受けています。今また、金融債権の株式転換を行えば、それが優先株等でも、潜在的な希薄化の損失が加わります。これをもって、十分な負担とするかどうかは、まさに、政治の問題でしょう。
 
以上


 次回更新は12月26日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2013/12/12掲載「自由競争できる条件を東京電力に与えよ
2013/12/05掲載「いよいよ東京電力に対する債権放棄か
2013/11/28掲載「東京電力の責任に上限を画せ
2013/11/21掲載「政府が前、東京電力は後ろという構図
2013/11/14掲載「東京電力の法的整理論が再燃するわけ
2013/10/17掲載「東京電力福島第一原子力発電所の国有化
2013/03/14掲載「ここがおかしい原子力安全規制
2013/01/10掲載「東京電力にこだわり続ける、日本の明るい未来のために
2012/12/27掲載「脱原子力は原子力以上にバンカブルではない
2012/12/20掲載「原子力発電はバンカブルではない
2012/11/29掲載「東京電力なしで電気事業政策は成り立つのか
2012/11/15掲載「東京電力の「再生への経営方針」にみる政府の欺瞞

≪ アーカイブから今週のお奨めは「企業統治」  ≫
2013/10/03掲載「JR北海道の経営の深層
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。